目の前に、1枚の正三角形があるとします。

この三角形をたった4つのピースに切り分け、紙を伸ばしたり縮めたりせず、同じ4つのピースだけで正方形を作ることができるとしたら、あなたは信じられるでしょうか。
三角形と正方形は、見た目がまったく違います。
三角形には3つの角があり、正方形には4つの角があります。
そのため、初めてこの問題を見た人の多くは、
「本当に同じピースだけで作れるの?」
「途中で形を変えているのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、これは手品でも錯覚でもありません。
図形を切り分けて別の形に組み替える「裁ち合わせパズル」と呼ばれる数学パズルです。
そして、この美しい問題を世界に広めた人物が、イギリスのパズル作家ヘンリー・アーネスト・デュードニーです。
ヘンリー・デュードニーとは?

ヘンリー・アーネスト・デュードニー(Henry Ernest Dudeney, 1857–1930)は、イギリスで活躍した数学パズル作家です。
彼は専門の大学で数学を学んだ研究者ではありませんでしたが、子どもの頃から数字、図形、チェスの問題に強い関心を持っていました。
若い頃から新聞や雑誌へ自作の問題を投稿し、のちに数多くの数学パズルを発表するようになります。
デュードニーが作ったのは、難しい計算問題だけではありません。
数字の並び方を考える問題、チェス盤を使う問題、迷路、論理問題、文字と数字を組み合わせる問題、そして図形を切って別の形へ組み替える問題など、その内容は非常に幅広いものでした。
彼のパズルの魅力は、特別な数学知識がなくても、
「どうしてこうなるのだろう?」
「自分なら、どう考えるだろう?」
と自然に考えたくなるところにあります。
答えを知ることよりも、答えへたどり着くまでの時間そのものを楽しめる。
そこに、デュードニーの数学パズルが100年以上たった今も愛される理由があります。
有名な「Haberdasher’s Puzzle」

デュードニーを代表する図形パズルの一つが、英語で「Haberdasher’s Puzzle」と呼ばれる問題です。
日本語では「帽子屋のパズル」や「洋品店主のパズル」などと訳されることがありますが、内容はとてもシンプルです。
問題は次のとおりです。
正三角形をできるだけ少ないピースに切り分け、そのすべてを使って完全な正方形を作ってください。
デュードニーが示した解答では、正三角形を4つのピースに分割します。

そして、それぞれのピースを回転させ、向きを変え、位置を入れ替えると、一つの正方形を作ることができます。
新しいピースを加える必要はありません。
不要な部分を捨てることもありません。
ピース同士を重ねることもありません。
使うのは、最初の正三角形から切り出した4つのピースだけです。
それなのに、最後にはすき間のない正方形が現れます。
初めて完成図を見ると、まるで三角形が魔法で正方形へ変身したように感じられます。
なぜ面積が変わらないの?

「三角形が正方形になるなら、面積も変わったのでは?」
そう思う人もいるかもしれません。
しかし、面積は変わっていません。
最初の正三角形を作っている4つのピースと、完成した正方形を作っている4つのピースは、まったく同じものです。
それぞれのピースを回転させても、上下を入れ替えても、別の場所へ移動させても、ピース自体の面積は変わりません。
たとえば、紙のカードを机の左側から右側へ移動しても、カードの大きさが変わらないのと同じです。
4つのピースの面積を合計した値も、並べ替える前と後で同じです。
変わっているのは、ピース全体を外から見たときの輪郭だけです。
最初は外側が三角形でした。
並べ替えた後は、外側が正方形になります。

つまり、このパズルは面積を増やしたり減らしたりする問題ではありません。
同じ面積を持つピースを、異なる輪郭になるように並べ替える問題なのです。
「三角形」という見方を一度やめてみる
このパズルを難しく感じる理由の一つは、私たちが正三角形を「一つの完成した三角形」として見てしまうことです。
三角形を見た瞬間、頭の中では、
「これは三角形だ」
と判断します。
しかし、切り分けた後は、一つの三角形ではありません。
形の異なる4つのピースです。
一つの完成した図形として考えるのをやめ、4つの独立したピースとして見ると、新しい組み合わせが見えてきます。
「このピースを回転させたらどうなるだろう?」
「二つの長い辺を合わせたらどうなるだろう?」
「この角を正方形の角に使えないだろうか?」
このように考えることで、少しずつ正方形の輪郭へ近づいていきます。
数学では、計算力だけでなく「見方を変える力」も大切です。
同じ問題でも、見る方向や分け方を変えるだけで、それまで見えなかった答えが見つかることがあります。
4つのピースが特別な理由
このパズルでは、なぜ4つのピースが使われているのでしょうか。
「3つでも作れるのでは?」
と考える人もいるでしょう。
デュードニーが発表した4ピースの解答は、長い間、最も少ないピースによる解答ではないかと考えられてきました。
しかし、「3ピース以下では絶対に不可能なのか」という点を厳密に証明することは簡単ではありませんでした。
そして100年以上が過ぎた後、研究者たちは、正三角形と正方形を共通する3つ以下の多角形ピースで組み替えることはできないと証明しました。
つまり、デュードニーが示した4ピースの解答は、単に美しいだけではありません。
ピースの数という点でも最小だったのです。
一見すると遊びに見えるパズルが、100年以上後の数学研究につながったことも、この問題の興味深いところです。
動かしながら形を変える「ヒンジ式」の発想
デュードニーの解答には、もう一つ面白い特徴があります。
4つのピースを完全に離して並べ直すだけでなく、ピースの一部を蝶番のようにつなぎ、折りたたむように動かして三角形から正方形へ変えることができます。
ピースを順番に回転させていくと、正三角形が少しずつ開き、最後に正方形へ変わります。
逆方向へ動かせば、正方形から正三角形へ戻すこともできます。
このように、切り分けたピースをつないだまま別の図形へ変形させるものは、ヒンジ式の裁ち合わせと呼ばれます。
完成した三角形と正方形だけを見るのではなく、形が変わっていく途中の動きまで楽しめるところが大きな魅力です。
数学は公式を覚えるだけではない
数学と聞くと、
「公式を覚えるもの」
「難しい計算をするもの」
という印象を持つ人もいるでしょう。
しかし、デュードニーのパズルには複雑な計算がほとんど登場しません。
必要なのは、図形をよく見ることです。
そして、
「別の置き方はないだろうか?」
「この部分を動かしたらどうなるだろう?」
と試してみることです。
紙に正三角形を描き、自分で切り方を考えるだけでも、このパズルを体験できます。
最初から正解を目指す必要はありません。
うまく正方形にならなかったとしても、
「なぜ、この並べ方ではすき間ができるのか」
「どの角度が合っていないのか」
と考えれば、それも立派な数学的な思考です。
失敗した配置を観察することも、正解へ近づく大切な過程なのです。
自分でも考えてみよう

ここで、すぐに完成図を見る前に少しだけ考えてみてください。
正三角形を4つに切るとしたら、どこに線を引きますか?
4つのピースのうち、どの角を正方形の四隅に使いますか?
細長いピースができた場合、それをどの向きへ回転させますか?
紙と鉛筆があれば、実際に正三角形を描いて試すことができます。
厚紙に描いて切り取れば、本物のパズルとして何度も並べ替えることもできます。
すぐに答えが分からなくても問題ありません。
このパズルで最も楽しいのは、完成図を見る瞬間だけではないからです。
「もしかすると、こうかもしれない」
と考えながらピースを動かしている時間そのものが、このパズルの魅力です。
まとめ
ヘンリー・デュードニーは、数字や図形を使って「考える楽しさ」を多くの人に伝えたイギリスのパズル作家です。
彼の代表作として知られるHaberdasher’s Puzzleでは、正三角形を4つのピースに切り分け、同じ4つのピースを使って正方形を作ります。
ピースの数も大きさも変わらないため、三角形と正方形の面積は同じです。
変わるのは、ピースの位置と向き、そして全体の外側の輪郭です。
このパズルが教えてくれるのは、図形の性質だけではありません。
一つの見方にとらわれず、分け方や見る方向を変えることで、新しい答えが見つかることも教えてくれます。
あなたなら、この正三角形をどこから切りますか?
正解を見る前に、ぜひ一度、自分の方法で考えてみてください。
次回は、直感では信じにくい数字の不思議、
「0.999…は、なぜ1と同じなのか?」
を分かりやすく紹介します。